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東宝エリザベート2015の感想(1)

      2015/08/30

東宝エリザベート 2015

東宝エリザベートを観劇してきました。
感想として記事を2本書きます。この記事は1本目で、エリザベート役以外についての感想を書いています。

観劇した配役キャスト

東宝エリザベート2015感想
東宝エリザベート2015感想
エリザベート役:蘭乃はなさん、花總まりさん
トート役:城田優さんのみ観劇
フランツ・ヨーゼフ役:田代万里生さんのみ観劇
ルドルフ役:古川雄大さん、京本大我さん
ゾフィー役:香寿たつきさん、剣幸さん
ルイジ・ルキーニ役:山崎育三郎さん、尾上松也さん
少年ルドルフ役:松井月杜さん

宝塚版エリザベートとの違い

憶えている限りではこんな違いがあります。

  • 宝塚版に比べ、東宝版では「エリザベートと夫フランツの意識の違い」は最初から明快です。宝塚版では、ぼんやりとフランツが「皇帝の義務」についてエリザベートに諭す程度ですが、東宝版では「自由に生きたい」と話すエリザベートをフランツが嗜めて皇帝の義務について説明をします。
  • 宝塚版に比べ、東宝版では少し政治的な説明が詳細になっています。ナチスやプロイセンという具体的な名称やシーンも描写されます。
  • 宝塚版ではエリザベート殺害の凶器はエリザベートが自殺しようとした時の刃ですが、東宝版では自殺しようとしないので狂気はトートが用意します。
  • 宝塚版では皇太后ゾフィーの死はさらっとセリフで説明され流されますが、東宝版ではゾフィーの葛藤や死のシーンが描写されます。
  • エリザベートの娘ゾフィーの死は宝塚版ではスルーされますが、東宝版では少し描写されます。
  • 宝塚版では歌われるだけのルドルフの「猫を殺した」件について、東宝版ではピストルで殺したことが判ります。そして、ルドルフが将来自殺をする時のピストルとして用いられます。(宝塚版では少年時代にピストルは登場しませんので、自殺するためのピストルはトートが用意します。)
  • 冒頭の「パパみたいに」のシーンが、東宝版では中盤にリプライズされます。
  • 東宝版では、トートが死を与える時は与える相手にキスをします。
  • 精神病院のシーン、宝塚版では偽エリザベートことヴィンデッシュはエリザベートの「あなたの魂は自由だ」という言葉になんとなく黙らされますが、東宝版では逆に偽エリザベートと周りの患者にエリザベートが気圧されます。
  • フランツの女遊びがばれる原因は、東宝版では性病です。
  • マダム・ヴォルフのコレクションは、東宝版ではかなり本気のコレクションです。
  • 東宝版トートは「死ねばいい!」と言いません。
  • 東宝版では、フランツが母親ゾフィーと言い争いをして「妻を選ぶ」と断言するシーンがあります。
  • 東宝版エリザベートでは、エリザベートは速歩ヨーロッパお遍路ツアーの他に銀行口座に金を貯めて銅像などに浪費もしていたことを伺い知ることができます。
  • エリザベートとフランツの「夜のボート」のシーンで、東宝版ではより鮮明に「もう同じゴールは歩けない」とエリザベートが主張します。
  • ラスト前、宝塚版では唐突にそれまでトートと無関係だったルドルフがトートと言い争いを始めますが、東宝版ではフランツが観た悪夢をトートが演出したというちょっとだけ自然な流れの言い争いになります。
  • 宝塚版では、エリザベートがルキーニに刺される時に持っていた傘でちょっと抵抗しますが、東宝版ではサクッと刺されます。
  • ラスト、ルキーニに刺殺されたエリザベートは、宝塚版では「なんとなくトートという死を受け入れてようやく自由な世界へ旅立てる、なんとなくトートと愛の湖を渡ろうよ」ですが、東宝版ではエリザベートが人生を振り返った後、トートがエリザベートに死を与え、エリザベートは死に、その隣でトートは無表情です。
  • さらに東宝版では、そんな二人の隣でルキーニもこと切れます

全体的には、宝塚版ではすみれコード的なルールやスターシステム、そして時間的な問題などもあるのか、割とちょっと端折られ気味だったり丸められていた部分が、東宝版ではそれなりに表現されているので、筋が通った感じがします。また、「ルキーニが説明をしてからストーリが進行する」というテンプレートが場面の切り替え時に忠実に実行されていたためか、ルキーニの狂言回しが宝塚版よりも上手に機能していた印象があります。

舞台セット

東宝エリザベート 2015
舞台セットについては、かなりシンプルに思えました。プロジェクター(とプロジェクションマッピングもどき)も使いつつなのも理由かもしれません。ですが特に頻繁に舞台の真中に置かれる「墓としてよし、トートが寝そべるもよし、エリザベートのぶら下がりにも対応、椅子や演説台として利用可・結婚式・戴冠式対応・葬式・裁判もOK、自動回転可能、オート開閉対応、高速の速歩にも耐久性有り、大変便利なハプスブルク家御用達・霊廟ボックス(階段付き)」が何とも印象的でした。確かによくよく考えると、エリザベートという舞台はルキーニの証言のためにたたき起こされた死人たちの語りなのであり、常に墓石があっても特別おかしくはない。ような気がする。

宝塚版と比べつつ芝居の感想

全体的に、やはり男声が入ると音楽に厚みが増します。
また、「女性だけのシーン」(例えばエリザベート率いる女官たちのシーン)、「男性だけのシーン」(例えばカフェのシーン)の区別が(やっぱり)くっきりとして演出にレパートリーが増えたと感じます。
エリザベートは基本的に出演者全員が(生きていれば)年齢を重ねていくので、年齢を重ねた男性はちょっと宝塚では難しいのだなと感じます。たまーに、一樹千尋さんのような風格出てしまう人もいらっしゃいますが。

私はストーリーの筋がすっきりと通っているので、ストーリーとしては東宝版は好きです。あえていうなら、ナチスのシーンはインパクトしかなくて(ハプスブルク家の歴史的にはおそらく重要なんですが)ストーリーの筋的にはあまり重要ではないので、ちょっと邪魔くさいなと思いました。出るならもっと出しゃばってルドルフの危機感を切羽詰まらせて欲しいし、中途半端に旗拡げてハイル!とか言われても、という感じです。

後は、エリザベートとトートの会話はシーンを挟んで幾度となく繰り返されます。
初めての出会い、つまりトートがひと目ぼれをした時には、エリザベートはトートに声をかけ、それを黙って振り切ってトートは退場します。途中では、エリザベートが逃げ出したり、怯えたり。でも、舞台も中盤、彼女の「戦い」が勝利確定になると、エリザベートが沈黙してトートを指差し、舞台からの退場を命じるのです。つまり、ただ舞台の上からどちらかが退場するだけで、それは力関係を示すという形になっているのがとても演出として面白かった。

なお、芝居は定時で3時間5分、実際には3時間20分弱の長丁場でしたが、普通に退屈はしませんでした。

役者さんたち(エリザベート役以外)の感想

東宝エリザベート 2015
トート役は城田さんだけ観ました。
イケメンかつイケボイスなトートでした。こりゃすごい。
トートは「死」であり、概念的なもので、「死に愛される」ということはイコール「何かと死がまとわりつく人生になる」ということなのだと思うのですが、トートがエリザベートに対して恋愛的な感情を持ってしまうと、下手したら「ただのストーカー★」になると思うのです。そういう意味では、宝塚のスターが演じる「トート」はある意味中性的なのでちょっとしたアドバンテージだと思ってもいるのですが、でも実際には宝塚の方がよほど恋愛に近い。
トートが最後まで「死という概念」であり続けたのは、城田さんの役者としての力量なのだろうと思います。かつ、舞台上、つまりエリザベートの人生をある意味圧倒的に支配しているパワーが出せていたのもすごい。

フランツ役は田代さんだけ観ました。
「義務を忠実に守ろうとするんだけどもエリザベートも愛している」皇帝をきっちり演じていたように思います。最後のカーテンコールまでちゃんと直角に歩いて曲がってスタスタした足取りだったのは、流石でした。フランツは皇帝として義務の重圧に耐える強さも持っているし、エリザベートという希代のワガママ女(まあぶっちゃけこうです。)の夫としての忍耐力もなみなみならぬものがあるわけですが、でも人間なのですよ。「この世で最もエリザベートに近い人間」です。その「この世側の人」としての演技がとても際立っていたように思います。

少年ルドルフ役、松井くん。子役。素晴らしい。
猫を殺した~なんて歌わせちゃっていいのか。

皇太子ルドルフ役は、ダブルキャストのお二方、古川さんと京本さん両方を観ました。一言で言うなら、もう二人とも非常に過不足のないルドルフをしていたと思います。

皇太后ゾフィー。ダブルキャストのお二方、香寿さんと剣さん両方を観ました。
「冷静に、冷酷に」のシーンでは、香寿さんは「冷っ↑酷に~」と、いわば「宝塚版皇太后のテンプレート」とも言える忠実な歌い方をされていたと思います。一方、剣さんは静かな威厳で歌われていました。でも、お二人とも「ハプスブルク家の伝統を忠実に守る最後の人」としての皇太后を熱演されていた。どちらの皇太后も好きです。私は。

ルキーニ役。お二方、山崎さんと尾上さんを観ました。
山崎さんの方が少しアドリブを強めに出していたと思います。いずれにせよ、舞台の狂言回しとして素晴らしい演技だったと思います。ブラボー。何気にエリザベートの次にすごい大変な役ではなかろうか。ある意味、トートより。

後は個人的に精神病院の患者、偽エリザベートことヴィンデッシュ嬢、真瀬はるかさんが非常に光る演技でした。視線といい、仕草といい、パントマイムのように精密でいて、不安定さを演出してもいて、視線が離せませんでした。本当に。

後は、カーテンコールでエリザベートが「振り返って現れる」のは、とてもよかった。それはエリザベートにとって「人生で最も輝いた瞬間」だったのですから、もうそりゃブラボーですよ。

というわけで、そのエリザベート役については、1本記事を別に立てて感想を書きたいと思います。

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